ぬらブロ

無職の一般男性のブログ

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僕は、ニート。33歳 無職 男

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僕は、ニートである。

キャラ付けで言っているわけではない。コロナ渦で、失業したというわけでもない。ずっと家にいて、好きな時間に起き、好きな時間に寝る。スマホゲームをダラダラと遊び、なんとなく家にあるものを食べる。そんな生活を、10年近く続けている。

もちろん実家だ。両親と妹との4人暮らしで、3人とも働いている。日中は家に僕1人で、掃除をしたり洗濯物を取り込んだりしている。

正社員経験はない。アルバイトの経験はあるが、学生時代を除くと半年ほど。資格は、車とバイクの免許を持っているだけ。何かに特別詳しかったり偏った知識があるわけでもない。没頭した趣味や夢中になったコンテンツがあるかと言うとそうでもない。10年もの "自由な時間" があって、何1つ「これだけは!」と言えるものが存在しない。

ニートでなくても、なかなかのつまらない人間だと思う。

 

ニート』と呼べる状態になったのは、2011年の11月。

当時、駐車場の管理会社にアルバイトとして勤めていたのだが、上司の嫌がらせを受けて嫌になり辞めてしまった。辞め方はいわゆる "ばっくれ" だ。朝起きて、布団から出なかった。

正社員として雇用してもらえるという話で、本社の取締役直々に面接をしてもらい、「良い目をしてるね」と誉め言葉をもらったのだが、ちょっとした事故があって信用を失い、正社員雇用は白紙になり、直属の上司からは無視などの嫌がらせを受けるようになった。辞めた理由は、こんな感じだ。

 

僕は、仕事が下手だ。

 

学生時代のアルバイトも含め、職場の人といつまで経っても仲良くなることができず、先輩や上司ともずっと距離感のあるままで、故に仕事について気軽に質問や相談をすることもできず、ミスを繰り返して、怒られて、嫌われて・・・ ということが多くある。基本的には仕事が嫌いで、たかがアルバイトなのに出社前には憂鬱になる。学生時代の居酒屋のバイトは本当に嫌で、原付バイクで走りながら「対向車線に突っ込んだら、バイトに行かなくてもよくなるかな…」と考えたりしていた。

 

18歳で初めて経験した派遣のバイト先では、20代の若い金髪の男に、明らかに50代以上と思われる男の人が、「お前よぉ!!」と怒鳴られているのを見て心が痛んだ。工場だったのだが、指揮をしている人間はとにかく罵声をあげていた。僕もミスをして、思い切り怒鳴られた。後にも先にも、唾を飛ばしながら怒鳴られたのはあの時だけだ。それを見ていた全然知らない人に、「大丈夫?」と心配されるほどだった。

 

 

こういった経験が、無職で実家に引きこもる原因になっている。と、言ったら、「言い訳だ!」と言われるかもしれない。確かにその通りだ。職場に馴染めない、社会が怖い、というのは、障害物の1つではあっても立ち止まる理由にはならなかったはずだ。色々な可能性を模索する時間は充分にあった。仕事なんて稼げればいいのだから。

・・・と頭ではわかっている。まぁ、ここで反省をしても仕方がない。

 

ニートになってから祖父母を含む親戚関係の人々とは会っていない。

無職の自分に後ろめたさや恥ずかしさがある。何を言われるのか想像するだけで憂鬱になるし、害虫でも見るような目で睨みつけられると思うと会いたくない。説教をしてくる人もいるかもしれない。

祖父は、僕が見ないうちに寝たきりの状態になってしまった。小さいころお世話になったおじさん、おばさんは何人か亡くなっている。そういう方々を無視して僕はひたすらに引きこもっている。(それでも祖母は僕の誕生日になるとお小遣いをくれる)

 

お金に関しては、収入がないので基本的には困っている。

生きていくためのお金は親に出してもらっているので死ぬことはない。

一時期、ブログによってお小遣い程度の収入を得ていたので、少しだけ貯金があり、それを切り崩しながら過ごしている。あとは、メルカリでいらないものを売ったりしている。

 

正直に言うと、社会に出るのは怖い。

今の生活がこの先もずっと続くのなら、僕はそれを選ぶかもしれない。

ただ、時間の経過はそれを許さない。未来のことを想像すると怖くなる。

 

年齢も気が付けば30代半ば、「アラサー」とも言えなくなってしまった。自分と同年代は、それなりの収入があって、結婚もして子供もいる。自分のことだけでなく、家族や次世代のことも考えている。自分のことだけしか考えていない僕と比べると、もはや別世界の住人なんじゃないかと思う。

 

こういうことを書くと、「甘ったれるな!」とか言われるんだろうが、そんなことはわかっている。「ニートは社会のゴミ」と言う人もいるが、それも理解している。だからこそ、自分は恥ずべき存在だと思っているし、故に人と関わりたくないのだ。

 

ニートでも生きていけてしまう環境があって、社会に出ていくのが怖くて、自分を卑下しているから人と関わるのが怖い。わざわざ社会に飛び出して生きていこうとは、正直言って思えない。

 

だから僕は、ニートなのだ。

久々のブログ更新が楽しかったので、感想を話したい

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昨日、久しぶりにブログを更新した。

今のところ、誰にも見られていない。

でも、これでいい。目立ちたいわけではないからだ。

むしろ、誰にも見られていないことで、ブログを書くハードルが随分と下がっている。本当に何を書いても良いのだと安心できる。

僕は今まで、誰かに見られることを強く意識してブログを書いていた。巷で語られる『ブログ論』に「読者を意識しろ!」と書かれてるからだ。でも、意識しながら書くことは難しい。僕には無理だと思った。

 

昨日は、余計なことを考えず、頭に思い浮かんだ言葉を文章をにすることが楽しいと感じた。その証拠に、このブログ記事は朝一で書き始めている。「また、書きたい」と心の底から思ったのだ。「自分のことについて話す」と昨日のブログ内では書いたが、今日は昨日のブログを書くことが楽しかったことについて話していきたい。

 

なぜ、文章を書くのが楽しかったのか?

やはり、「誰にも見られないだろう」という安心感が大きかったと思う。

実際に見られていないことも大きい。今後、読んでいる人がいるとわかったら、また状況は変わってくるかもしれない。

とにかく、余計なことを考えなくても良いのだ。

文章の下手さとか、正しい言葉遣いとか、句読点の入れ方とか、見出しの入れ方とか、画像を挿入するとか、文字の大きさ、色、文字数・・・あらゆることを考えなくていい。

考えなくていいから、どんどん手が進む、文章がどんどん出来上がっていく。この「どんどん」という感覚が楽しいのかもしれない。どんどんどんどん出来上がっていくのが楽しい。

 

文章というのは不思議で、1週間くらい経ってから読み返すと、「なんだこれ?」と思うことがある。酷い文章であることに気が付く。書いて、何度か読み返したはずなのに、最中や直後は酷さに気が付かないのだ。

だから、僕は、ブログ記事を書いても1週間ほど寝かせることにしていた。1週間後に読んで、おかしいところは修正してから公開しようと思っていた。

しかし、これが気持ち悪かった。

書いたものを下書きに保存するのが気持ち悪かった。

早く、公開ボタンを押したい。あぁ、そうだ…… 更新のタイミングもよく考えていた。「20時頃が丁度いい」とか、「1日に2回更新するなら、12時と21時かな?」とか。

昨日は、書き終えた文章を書き終えたタイミングでそのまま公開した。下書きに保存して寝かせるということをしなかった。気持ち良かった。書いたものをそのまま出すことが気持ち良かった。

僕がやりたかったのは、ずっとこれだったのかもしれない。

もちろん、本気でブログ運営をするというか、プロフェッショナルな気持ちでやっていくなら、成立はしないだろう。しかし、自分自身の楽しさや気持ち良さを追求するのであれば、読者のことなんて考えず、下書きに保存して寝かせるようなことをする必要がない。現状の自分に書ける文章で思いを表現し、適当に読み返したら公開ボタンを押す。これが楽しい。その先に何があるのかは知らない。多分、何もない。でも、誰にも迷惑を掛けず楽しいので、多分、OKです。

書きたいことがないので、書きたくないことを書くことにする。

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久々に「ブログを書きたい」と思った。

『創作意欲』と言ったら大袈裟だが、何かしら形にしたい欲望が湧いてきたのだ。

しかし、書きたいことが何もない。主張があるわけでもないし、共有したい情報があるわけでもない。そもそも、このブログって何を書いていたんだっけ?

元々、なかなか人には言えない本当の自分について語るブログだった気がする。それが気づけば、ネットで拾ってきたライフハックを書いて、ちょこちょこととアクセスを稼ぐブログに成り下がっていた。

そんでもって、時々バカにされたり、批判されたり、よくわからない難癖をつけられもした。気が付いたら、どんどんブログを書かなくなっていった。

「毎日更新しよう!」と何度も思い立ったけれど、書きたいことが思いつかなかった。

何となく頭に浮かんだことを書いてみるけれど、「本当にこんなことが書きたいのか?」と疑問を抱き、消して、布団に横になってスマホを眺めていた。

何も書きたいことがない、何も言いたいことがない。

でも、ブログは書きたい。なぜかはわからない。

 

書きたいことがないなら、書きたくないことを書けばいいんじゃないか?

という逆転の発想を、お風呂に入る前、脱衣所で思いついた。

お風呂という場所は不思議なもので、色々なアイデアを思いつく(ほとんどがボツになる)

今、一番書きたくないことはなんだろう?

 

・・・自分のこと。

 

今の自分。ここ10年くらいの自分。

誰にも話していない、家族にもまともに話していない自分の話。

これが今、一番、語りたくないことかもしれない。

というわけで、今日からここで自分という人間について噓偽りなく、見栄を張らず、個人情報は晒さない程度に語っていこうと思う。

誰か見てくれるのだろうか?

今日は疲れたのでここまで。

【便秘解消】『5日以上出ない』が『1日1回の快便!』になった6つの朝活

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「便秘」という自覚は無いのですが、5日も出ていないと不安になります。排便の頻度は日に日に少なくなっていました……

お腹が張っている、腹痛があるなどの弊害はありません。ただ、便が体内に残っていていると思うと良い気はしません。

「せめて1~2日に1回は出るようにしたい」

『1日1回の快便』を目標に積極的な行動をするようになりました。

結果、今ではほぼ毎日、同じタイミングで便が出るまでになっています。

参考にしたのは以下の2冊です。

 

女はつまる 男はくだる おなかの調子は3分でよくなる!

朝の腸内リセットがカラダを変える

 

この記事では、僕がやったことを全てシェアしたいと思います。

特殊な食材や高価なサプリメントを摂取することなく改善したので、誰にでもできることです。ちなみに、すべて「朝」に行いました。

 

 

快便に導く朝の活動

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朝は1日の中で最も重要な時間です

 

水をたっぷり飲む

寝起きにコップ2杯分の水を飲みます。

使用しているコップは約300mlなので、約500~600ml飲み干します。

以前、モデルさんが寝起きにペットボトル1本の水を飲み干すと言っていたので、同じくらいの量を飲んでいますね。

 

まだ何も食べ物が入っていない空の状態の胃に何かが入ってくると胃が刺激され、大腸に「ぜん動運動を開始しなさい」という信号が送られます。 さらに、飲み物や食べ物から摂取した水の一部は大腸に到達し、便に吸収されます。つまり、便を軟らかくするためにも水分は欠かせないのです。 引用:朝の腸内リセットがカラダを変える

 

  • 大腸を目覚めさせる
  • 便を柔らかくする 

 

この2つの目的のために朝、水をたっぷり飲みます。

もちろん日中も水分補給を心がけるようになりました。(以前から水分補給は意識していましたが、1回に摂取する量を少し増やしました)

便秘が悪化しやすいのは水分をあまりとらない冬と、発汗が強くなる夏らしいので、便秘気味の方は水分を多めに摂ることで改善するかもしれません。

 

本には「コップ1杯分」と書かれていましたが、これまでもコップ1杯の水は飲んでおり、水分補給以上の効果は感じませんでした。2杯飲むと、内臓に水が流れ込んでいくのが感じられ、腸が動くのが分かります。

 

朝ごはんを食べる

僕は1日2食、1日1食など様々な食事スタイルを試してきました。健康のためです。

しかし、「朝食は食べない」という生活が当たり前になってから、5日以上排便が無いことが珍しい事ではなくなりました。

 

朝食こそが、排便にとても重要な「大ぜん動」を起こすスイッチだからです。

大ぜん動とは、胃に食べ物が入ることで胃から腸へと信号が送られて起こる強い収縮運動のことです。朝食を食べることで胃・結腸 反射から大ぜん動を起こし、さらには直腸反射を促して排便につながり、おなかがスッキリします。

引用:朝の腸内リセットがカラダを変える

 

朝食に固形物を摂るようになってから、しっかりと排便できるようになりました。

バナナ、納豆、白米を少し多めに食べています。少量だと便意を感じずらいです。その代わり、昼食、夕食は量を少なくしました。

 

茶・コーヒーを飲む

朝のボーッとした状態にスイッチを入れるのが、脳幹網様体と呼ばれる部位です。

この部位を刺激することで脳が覚醒します。

カフェインは脳幹網様体を刺激して朝の目覚めを良くしてくれます。

また、腸にも刺激を与え動きを目覚めさせます。

朝食中に緑茶、食後はコーヒーを飲むことで腸の働きを活性化させています。

特に、朝食中に緑茶を飲むようになってから朝の排便がスムーズになりました。

 

必ずトイレに行く

朝食後、わずかでも便意を感じたらトイレに行くようにしました。

これまでは、100%に近い便意を感じるまでは行きませんでしたが、それが便秘の原因になっていたようです。

 

朝の腸の状態はまだ交感神経が活動せず、副交感神経が優位の状態にあります。そして、朝食を食べて、空っぽの胃の中に食べ物が入ってくると、反射的に大腸が収縮する「胃・結腸 反射」が起き、それとあわせて「大ぜん動」が起こります。

この大ぜん動が起こるのは 10 ~ 30 分くらいですが、これがあるからこそ、 下行結腸やS状結腸にたまっていた便を直腸まで強く押し出すことができるのです。

日に数回起こる大ぜん動の中でも、朝の大ぜん動が最も強いことが知られていますが、これは、副交感神経が活発で、さらに腸神経も働きやすくなっているためと考えられます。このチャンスを逃すと次は半日から1日以上待つことになります。だから便意をがまんし続けたり、腸の活動が低下して収縮活動が弱まると、便秘になってしまうのです。

引用:朝の腸内リセットがカラダを変える

 

 つまり、朝にこそ最大の便意がやってくるので、これを逃してはいけないということです。便意は尿意と違い、天気のように移り変わるモノです。少し我慢したら、「あれ?大丈夫になった」という経験は誰もがあると思います。これが積み重なると便秘になってしまいます。

朝の便意を見逃さず、確実にトイレに行くようにしましょう。

 

朝は余裕を持って起きる

水を飲み、朝食を食べ、必ずトイレに行く。朝に行うことが以前よりも増えました。

時間を確保しなければ、朝食は疎かになりますし、便意があってもトイレに行くことができません。その為、朝はこれまでよりも早く起きるようになりました。

朝の時間を余裕を持って過ごすことで、精神的にも落ち着いて1日を始めることができます。

 

運動・マッサージ

運動することで、腸に刺激を与えることができます。

ただ、僕の場合はそこまで意識して運動をしていません。やっていることは2つだけです。

 

  • 腹筋を鍛える
  • 体をひねる

 

腹筋を鍛えることで、便を押し出す筋肉を鍛えることができます。

体を捻る運動は、便の詰まりを解消しスムーズな排便を促します。

特に、体を捻る運動は気が付いたときに行うようにしています。

 

マッサージも効果があるかもしれません。

最も簡単なのは、骨盤に沿って時計回りにお腹をさすることです。

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腸の位置を意識しながら時計回り

そういえば、中学性の時、お腹が痛くて保健室に行ったら、「お腹を『の』の字にさすりなさい」と教えられました。同じことでしょうね。

 

便通が良くなったメリット

毎朝排便することで、夜に起こるお腹の不調が無くなりました。

汚い話ですが、夕食後に臭いおならが異常に出ることが多くありましたが、これが無くなりました。

大人になって朝ごはんを抜きがちになってから起きていた現象なので、朝食をとってしっかり排便することで改善したようです。

このまま腸内環境が良くなっていくことを期待したいですね。

 

正直言うと、他にメリットは感じられていません。

むしろお腹が苦しかったり、ダルさを感じるくらいです。

食べる量はもう少し注意が必要かもしれません。

ただ、量が少ないと排便が滞るので難しいところです…

 

僕には朝ごはんが重要

最近、1日1食に関する本を何冊か読みましたが、「朝は排泄の時間なので何も食べない方が良い」という考え方があります。しかし、僕の場合、朝に何も食べないことで排便が上手くいかず便秘気味になってしまいました。

便秘に関する本では1日3食を勧めていますし、はっきり言って正解はわかりません。

その人の生活スタイルや習慣など、様々な要因が絡むことなので、個々人で答えが違う可能性もあります。

1日1食を実践して健康になっている人も多くいるので、間違っているとは思いませんん。ただ、僕の場合は朝食をしっかり摂ることが適切かもしれません。

食事回数、量、排便、全てのバランスを考えて、適切な食事スタイルを模索していきたいと思います。

 

薄型2つ折り財布が快適!長財布という『見栄』を捨て身軽になろう!

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先日、折り畳み財布を買いました。

コンパクトなのに収納力もあって気に入っています。

これまで使っていた長財布がバカバカしくなるレベルです。

 

財布って邪魔だよね

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縦の長さは約半分。二つ折りの方が薄い。

なぜコンパクト財布を買ったのか?

お財布は小さい方が良い事に気が付いたからです。

今年に入ってミニマリズムに目覚め、様々なモノを手放してきました。

取捨選択をしていく中で、必要なモノ、不要なモノを判断できるようになってきました。

そこで気付いたわけです。

 

「財布、邪魔だな」と。

 

僕はショルダーバッグを愛用しているのですが、使用していた長財布を入れるとかなりのスペースを埋めてしまいます。他の物を取ろうとしても、財布に引っ掛かって取り出せないなんてこともありました。

 

愛用のショルダーバッグと長財布。入れるだけで中は窮屈になってしまう。

 

「お財布には何が入っているの?」と訊かれると、小銭、お札、カードが3~4枚しか入っていません。

中身はスカスカなのにかさばる。最悪の存在がお財布でした。

 

折り畳み財布の良いところ

小銭入れはBOX型になっている
  • ポケットに入る
  • 鞄に入れてもかさばらない

 ポケットにすっぽり入るのでちょっとした外出なら鞄は必要ありません。

これだけで、かなり身軽になった気分です。

鞄に入れる場合でも、スペースを奪わないので他の物も出し入れがしやすくなりました。

僕は現金を持ち歩きたいのですが、小銭の収納力も充分。

欠点が見つかりません。

長財布をポケットに入れると…

 

色々とダサい…

 

前ポケットに入れるのはダサいし、後ろポケットに入れようものなら「盗んでくださいと」言っているようなものです。

鞄の中に入れてもかさばるし、持ち歩くには不便すぎます。

お札やカードを大量に持ち歩く人なら長財布は便利でしょうけど、5万円以上の現金は財布に入れませんし、クレジットカード・免許証・保険証の3枚しか持ち歩かない僕に長財布のメリットはほとんどありません。

 

長財布なんてただの見栄

何のメリットもない長財布を、なぜ過去の僕は使い始めたのか?

当時付き合っていた彼女からのプレゼントだったからです。

「大人なんだから長財布にしなよ」と言われ、僕は素直に「大人は長財布を持つべきなんだな」と思いました。嬉しかったですね。大人の仲間入りが出来た気がして。

『長財布=大人の象徴』

学生時代からこんなイメージがありました。

大人びた友人は、早いうちから長財布にして周囲との差を見せつけていました。

良い財布を持っていることがステータスになる。長財布を持つことが一人前としての証明になる。

つまり、『見栄』みたいなものですね。

少なくとも僕は見栄だけで長財布を使用し続けました。「大人だから」という理由だけです。窮屈な鞄の中身は見栄で埋まっていました。何度もコンパクトなお財布にしようと思いましたが、「子供っぽいかな?」と気にしていました。

 

バカバカしい(笑)

 

長財布も見栄も手放して、何の執着も無い安い折り畳み財布にしてみたら、色々な意味で身軽になった気がします。

 

日常にある見栄を手放そう

人は意外と見栄だけで行動します。

財布、服、車は見栄が反映されやすいところです。

「UNIQLOなんて恥ずかしくて着れない」と言って有名ブランドの服ばかり買っている知り合いがいましたが、見栄の塊だと思います。最近のUNIQLOはデザインも良いし上手く着れば充分にオシャレなのに、「ファストファッションだから」「安いから」という理由だけで敬遠しているんですよね。

高い服、高級車、好きで買っているのなら良いですが、周囲の目を意識して見栄だけで買っているのなら本当にバカバカしいと思います。

見栄を手放してみると経済的にも心理的にも楽になれます。

不要な見栄を手放して、身軽に生きていきたいたいモノですね〜。