姪っ子が「おじちゃん」と呼ぶ声が、いつか僕を追い詰める気がしている。まだ何も起きていないのに、先回りして怖がってしまう。
最近、姪っ子の言葉が文章になってきた。以前は単語を口にするだけだったのに、いまは返事がちゃんと伝わる。「昨日、牛さん、見た」みたいに、ひとつひとつの言葉がはっきりしている。
そのうち「仕事」というものを知る。知ったら、聞いてくる。
「おじちゃんは、なにしてるの?」
返事の候補だけが、先に頭に浮かぶ。「何もしてないよ」と正直に言うかもしれない。「内緒」とはぐらかすこともできる。
姪っ子と二人だけなら、いくらでも返せる。でも、その場にいるのは姪っ子だけじゃない。家族がいる。
僕が怖いのは、姪っ子に仕事を聞かれることじゃない。聞かれた瞬間に家族が黙ってしまう、その空気が怖い。父と母は、たぶん黙る。
妹は、おそらく笑って話を逸らす。「ねえ、こっちに玩具あるよ」とか、「お菓子食べる?」とか。姪っ子の注意を別の方向に向けるのは上手い。母親だから。
助かる。ありがたい。僕が答えなくても、会話が次の場所へ運ばれていく。でも、その上手さがきつい。
妹が話を逸らすのは、僕を守るためじゃない。場の空気を悪くしないためだ。姪っ子の無邪気な質問が、家族の会話を止めてしまわないように。
そうやって片づけられるたびに、僕は自分の無職を改めて確認させられる。姪っ子に聞かれることより、家族が慣れた手つきで話題を片づけていくことのほうが、怖い。
実際に聞かれたときのシミュレーションを、何度も繰り返している。姪っ子の声も、家族の顔も、部屋の空気まで勝手に再生される。
「何もしてないよ」と言えば、正直すぎて場が止まる。「内緒」と言えば、姪っ子は納得しない。適当な職業を言えば、あとで自分が惨めになる。
どれも違う気がする。どれも、しっくりこない。答えが見当たらないまま、シミュレーションだけが増えていく。
このままだと、姪っ子と会うたびに、僕は身構える。会う前から疲れて、誤魔化すための笑顔を準備して、逃げ道を探す。最終的には、姪っ子と接すること自体が怖くなりそうだ。
姪っ子は、何も悪くないのに。
「昨日、牛さん、見た」
姪っ子は、言葉をちゃんと並べてくる。そのうち僕の名前を呼んで、仕事を聞く。僕の返事だけが、まだ単語で止まっている。
それでも、姪っ子は可愛い。